データと感性は対立しない──むしろ同時に使わないと失敗する
データと感性は対立しない──むしろ同時に使わないと失敗する
マーケティングの現場では、
よくこんな対立が起きます。
- 「感覚だけで決めるのは危険だ」
- 「数字ばかり見ていると、本質を見失う」
どちらの言い分も、間違ってはいません。
しかしこの対立そのものが、
問題の本質から目を逸らしているとも言えます。
本当に問うべきなのは、
「どちらが正しいか」ではありません。
なぜ、同時に使われていないのかです。
データは「起きたこと」を教えてくれる
データの強みは、明確です。
- 何が起きたのか
- どこで離脱したのか
- どの施策が機能したのか
これらを、主観を排して示してくれます。
マーケティングにおいて、
データは欠かせない存在です。
感覚だけに頼る危うさを、何度も救ってくれます。
ただし、データには限界もあります。
データは「なぜそうなったか」を語らない
データが示すのは、結果です。
- クリックされた
- されなかった
- 滞在時間が長い
- 短い
しかし、
なぜその行動が起きたのか
までは語ってくれません。
その理由は、
人の中にあります。
迷い、不安、期待、納得。
そうした感情の動きは、
数値だけでは見えないのです。
感性は「意味」を扱う領域
感性が扱うのは、
- なぜ違和感を覚えたのか
- なぜ安心したのか
- なぜ惹かれたのか
といった「意味」の部分です。
これは、
マーケティングにおいて
決定的に重要な要素です。
人は、
理解したから動くのではなく、
意味を感じたときに動くからです。
問題は「感性かデータか」ではない
多くの現場で起きている失敗は、
感性とデータを
別々に使ってしまうことです。
- 企画は感覚で決める
- 検証は数字で見る
この分断があると、
データは「裁判官」になり、
感性は「言い訳」になります。
本来は、
そうではありません。
データは感性を検証するためにある
感性で立てた仮説を、
データで確かめる。
データで見えた違和感を、
感性で解釈する。
この往復があって初めて、
マーケティングは前に進みます。
- なぜここで離脱したのか
- なぜこの言葉は残ったのか
- なぜこの表現は選ばれたのか
その問いに答えるのが、
感性の役割です。
感性は、再現できないものではない
感性という言葉には、
「属人的」「曖昧」「勘」
といったイメージがつきまといます。
しかし実際には、
感性は観察と整理によって、
再現可能な形に近づけることができます。
- どの順番で伝えると理解されやすいか
- どの言葉で安心感が生まれるか
- どの表現で共感が起きるか
これらは、
繰り返し検証できる対象です。
私たちは「感性をデータで扱う」ことを目指している
私たちが取り組んでいるのは、
感性とデータのどちらかを選ぶことではありません。
感性を、データの文脈で扱うことです。
人の反応を観察し、
行動として記録し、
そこから意味を読み解く。
このアプローチがなければ、
マーケティングは
表層的な改善に留まってしまいます。
ここから先は、実証の話になる
ここまで述べてきた
「感性とデータを同時に扱う必要性」は、
考え方の話に聞こえるかもしれません。
しかし、
これは思想論だけではありません。
実際のフィールドで、
行動データと感性の反応を同時に扱うことで、
人の意思決定の流れを可視化できる
ことが分かってきています。
その具体的な検証については、
次の記事で詳しく触れたいと思います。
まとめ
データと感性は、対立しません。
むしろ、
同時に使わなければ失敗します。
データは事実を示し、
感性は意味を与える。
この両輪が揃ったとき、
マーケティングは
ようやく人の行動に近づきます。

